お袋の形見

10月にかっぱ♀の母が亡くなりました。
腰の骨が折れたので8月に手術、そろそろ補助なしで歩ける程度に回復し退院もみえてきたころ、突然の肺炎に罹りました。呼吸困難のため人工呼吸器をつけたまま40日あまり、薬でほとんど眠ったままの状態で逝きました。

形見分けはまだ先のことになりますが、母が入院中にもっていった荷物から少し着服しました。母の手づくりの袋です。
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中に仕切りがついているので使いやすそうです。

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母は生前、袋物を何百も、あるいは千を越えているのではないかともいわれるほどたくさん作りました。
なんでそんなに作ったかというと、母の兄弟姉妹、友人知人にあげたところ、もっとほしいという追加の注文が来たからなのです。

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初めはごく薄い透ける生地で作っていたため、軽量で中身がわかることが好評でした。そのうち、そこはそれ、母の友人たちもそろそろ老年期に差し掛かるころの話ですので、「保険証が入る大きさで、診察券がこっち側に入るやつ」といった要望にも対応しました。気に入っていた傘が壊れたから生地だけ生かしてほしいとか、和服をしたてた残りでとか、生地を持ち込んだ人もありました。形の注文もつくようになり、マチのついたもの、ポシェットのようになるもの、バックの中にアタッチできるものなど、またデイパックのようなものまで作っていました。すべてあげてしまったので、現物が残っていないのが残念です。

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そして、かっぱ夫婦がいつも使っているカードと回数券入れ・・・。本当は回数券の大きさに、片側を区切ってくれと希望を出したかったのですが、果たせませんでした。むき出しにしておけないし、磁化すると使えない回数券には、この薄地の袋は最適です。これも思い出の品となってしまいました。

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このタイプの軽くてかさばらない袋は、同窓会に行くときなど、友達にも作ってばらまいていましたので、その数はいかほどか・・・・。姉妹、お友だちは、さらにその先のご近所さんや、そのまたお友達にまで配られたようです。もし、周りでこんな袋を持っている中高年以降の方を見かけたら、母にどこかでつながる人かもしれません。

2011/10/30(日) | つれづれ | トラックバック(0) | コメント(22)

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がっぱあや

『No title』

突然のことで・・・さぞやお気を落としのことかと
快方に向かわれていた矢先のことだけに残念でなりません
そのお母様の作られていた袋の数々・・・
今でいうバッグインバッグといったところでしょうか
私にはなんだかお母様の魂が全国に、否、全世界に
散らばっているように思えます
今度は空の上で、新しいお仲間に袋を作って差し上げているのでしょうね

2011/10/30(日) 20:29:36 | URL | [ 編集]

hiro

『No title』

かっぱさんのお母様がお亡くなりになられたのですね。
心よりご冥福をお祈り申し上げます。

私の父も6年前に突然具合が悪くなり救急車で入院、3ヶ月の入院生活の後、最期は肺炎で亡くなりました。
誰がいなくなるのも寂しいものですが、親が亡くなるのは特別な悲しみがありました。

かっぱさんのお母様は裁縫が得意だったんですね。
かっぱさん夫婦を始め、本当にたくさんの方々がお母様お手製の袋を大切に使って、どこかでお母様を懐かしく思い出されていらっしゃることと思います。

お母様も天国で、そんな風景を嬉しく見守ってくださることでしょうね。

2011/10/30(日) 22:57:09 | URL | [ 編集]

ママぴい

『No title』

お母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

お母様の作った大小様々な素敵な袋たちは 持ち主の宝物になることと思います。
裁縫とお花が好きだった私の亡き母は夢の中で 天国で咲く花をたくさん縫って作っていました。
お母様もきっと またみんなに天国のめずらしい生地で袋を作って喜ばれているに違いないです!
そして かっぱ夫婦さんが今までどおり 仲良く幸せに暮らす事が 何よりのご供養になると思います。
悲しくて辛い時に素敵なお話をありがとうございました。 合掌。


2011/10/31(月) 00:09:33 | URL | [ 編集]

まりもっち

『No title』

素敵なお母様でしたね。
家の母は今年認知症と診断されて今は毎週一回だけデイサービスに行っています。
日常生活のことはまだ出来るので、要支援なのですが記憶障害らしいです。
私は今母になって実母にいろいろ私の小さい頃の話とか聞きたかったのですが、無理そうです。
いろいろ考えると悲しくなるので、千佳の世話にかこつけて考えないようにしています。
こういう袋って旅行とかにほんと便利ですよね。
今頃天国でミシンに向かっていることでしょう・・・

ふと考えることがあります。私が天国に行けば先に逝った家族に会えるのかな?会いたいな。

2011/10/31(月) 08:55:14 | URL | [ 編集]

女将

『安らかに』

御家族だけでなく、お友達の、そのまたお友達の袋までお作りになったとは。
みんなの希望をそれぞれ叶えたステキな袋達。
毎日使える心地の良さと、使い手勝手の良さと。
袋には大事な物を入れて、きっと毎日皆さんのカバンの中にあるのでしょう。
そしてそれはお母様との思い出ともいつも一緒なんですね。
これから先も使い込まれていく袋達にお母様もきっとお喜びになると思います。
今しばらくは気疲れしたり寂しいかと思いますが、カッパちゃん達が心癒してくれるでしょう。

御母堂様の御冥福をお祈り申し上げます。

2011/10/31(月) 12:58:14 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『こころあたたまるメッセージをありがとうございます』

e-420がっぱあやさま
バッグインバッグも作りましたが、ひどいときは直接バッグの内側にぬいつけちゃっているものもあります。キタムラのバッグでもお構いなし。まったくもう!!!
今頃、母は、天国で、秋の行楽に出かける姑やそのお友だちのために栗おこわを山のように作っているかも。今年もそんな季節になりました。退院するころは秋だねなんて言っていましたが、結局帰ってくることはなくなってしまいました・・・。

e-419hiroさま
お父様もうちの母と似たような状況だったのかもしれませんね。若いうちはどうってことのない病気でも、侮れません。
母はモノを作るのが好きで、子どものころは私や従妹の洋服もよく作ってくれました。大人になってから作ってもらったスーツは、ふとってスカートが入りませんが、ジャケットはまだOK。大事にしようと思っています。

e-420ママぴいさま
ステキな夢を見られましたね。もしかしたら、天国で誰かが花とか星とかを作っていて、それが時々下界に落っこちて来ていたりして・・・。
私が好きだった、白い生地にビビッドな色のファスナーがついた小袋が私の手持ちにないので、実家に残っていないか探してこようと思っています。

e-419まりもっちさま
認知症も有効な話しかけや症状が改善するような食品があると聞きます。昔のことは案外よくおぼえていたりもするものです。あきらめないで、千佳ちゃんを連れて逢いに行ってあげてくださいね。
親が老いてゆくのを見るのはやはり悲しいです。それだけ自分も年を取ったというですね。はー・・・・。溜息。
日本の場合は盆には先祖がかえってくるっていうから、逢いたくても、こっちから行かずに、待ちましょうね!

e-420女将さま
母の妹が近所の人から、「袋のお姉さまはお元気?」と聞かれたそうです。妹自身は、自分が誰にあげたか忘れていましたが、もらったことを覚えていてくれた人もいるようです。
「袋のお姉さま」か・・・。そういえば従兄弟たちには「焼売のおばさん」「昆布巻きのおばさん」(大量に作って届けるから)とも言われていました。もうちょっと素敵な名前を付けてもらえるように、作成するものを考えた方がよかったようです。
「ママのママを治してあげられなかった」といってしょげてるかっぱの子どもたちを励ましながら、癒し癒され暮らしていきます。

2011/10/31(月) 22:06:51 | URL | [ 編集]

hashsh

『お冥福をお祈り申し上げます』

市販のものにも決してひけを取らない、素敵なバッグばかりですね。
しかも、持ち主それぞれの要望が反映されているのですから。
お作りになったバッグを見てお母様のことを思った時、心の中でお母様は確かに生きていらっしゃるのだと思います。

2011/11/01(火) 20:11:50 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『hashshさま』

もっともらっておけばよかった・・。かさばるポイントカード等を何枚も入れておくスグレモノもあったのですが、私はもらってない!
文句を言えば、「自分で作ったら?」と空の上で母が笑うことでしょう。ま、裁縫の苦手なかっぱとしては、今あるものをありがたく思い出とともに大切に使ってゆこうと思います。

2011/11/02(水) 00:47:41 | URL | [ 編集]

みみのすけ

『はじめに』

お母さまのご冥福をお祈りいたします。本当に素敵なお母様でしたね。
みみの母もシャツを作ってくれたり、袋を作ってくれます。
夫婦ともかっぱさんの記事をよませてもらい、大事にせねばと思いました。
それにしても機能性にすぐれた袋ですね。
すごく使いやすそうです。親戚の人たちや友人にあげられたそうですが、きっと大事に使ってくれっていることと思い ます。

2011/11/03(木) 13:18:33 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『みみのすけさま』

母がなくなって、この一週間はとても長い気がしました。こんな形で母がなくなるとは思ってもみなかったのです。
結婚した後、それぞれの生活もあり離れて暮らすのだから、「たとえ親の死に目にあえなくても、貴女が悔やんで泣いたりしないように」と母が言ったのを思い出します。幸いにも手を握って最期を看取ることはできましたが、子供の時におこられたことや、生意気なことを言って悲しませたことなどいろいろな後悔が後から後にわいてきて泣かずにはいられません。
こんなことにならないように、普段から、親は大切にしないといけませんね。

2011/11/03(木) 16:28:27 | URL | [ 編集]

須藤京一。

『お悔やみ申し上げます。』

又新しく美味しい話は~?
なんて暢気に覗いたら悲しいお知らせに驚きました。
さぞや無念のことと思います。

しばらくはバタバタして気が紛れますが、
一息ついた頃に疲れが来ますので、
美味しいものでも食べに行って、
気持ちを和らげてください。

お母様の分身は、
夫婦ともかっぱさんの体の中に遺伝子として、
ちゃんとおられます。
美味しいものを食べると、
お母様も『あら、これ美味しいわね!』
なぁんて思われるかもしれませんね。
(・・・と自分の父の時も思うようにしたら、
気持ちが少し楽になりました。)

使いやすい袋や美味しい食べ物に、
沢山の人の喜びが生まれたことでしょうね。

御冥福をお祈りします。(ー人ー)

2011/11/04(金) 12:51:37 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『須藤京一さま』

まさに無念です。なぜ、骨の手術で、肺炎なんかになるのか?熱が出たといって数日風邪薬を飲まされたようですが、内科医は肺炎を疑わなかったのか?夜はひどく咳をしていたと同室の人も言っていたし、母のノートにも、熱があって一日苦しい・・・と書いてあったのを見て、やっぱり変だと思うのです。
今回は、母が、骨折を治す手術が無事に終わったのに、ギブスが一か月取れないと聞いて、「絶望的だ」と言ったのが気になり、嫌な予感がしました。キルケゴールの「死に至る病」の「絶望」は死に至る病だという一節を思い出したからです。哲学者の言うことですから、私たちが使うような意味の絶望とはちょいと違うわけですが、あまりいやな言葉だったので、「そんなこと言うもんじゃない」とたしなめました。それなのに、母は、また違う日にもう一度同じことを言ったんですよ。・・・・と、須藤さんだと、ついきいてくれそうなので、長文でグチってしまいます。暗い話はこの辺でやめましょう。
美味しいものの話?ちょっと違うかもしれませんが、術後に母の好物の塩鮭を持っていきました。後で食べるといっていましたが、その4日後呼吸困難になり、呼吸器をつけて眠りっぱなしになったので、食べたのかどうか確認できませんでした。病院に残っていた母のノートには、「***が塩鮭を持ってきた。これがおいしい。」と書かれていました。読んで涙が出ました。本当に本当に持って行ってよかった!自分が食べ物に執着するタチでよかったなあと思いました。母は料理がうまいといわれていましたが、私はその才能はないので、食べるほうで、まだまだ頑張ろうと思っています。今後ともよろしくおねがいしま~す。

2011/11/04(金) 21:51:40 | URL | [ 編集]

須藤京一。

『専門家ではないですが。』

骨折で入院→肺炎で亡くなる、と言うケースが、
高齢の方には結構多いのだとネットで知りました。

自分で納得できていないと、
『あの時なんで行動しなかったのか。』と、
のちのち悔やまれるかもしれません。
担当医、もしくは病院側に、
はっきりと説明してもらうように要求してもいいかもしれませんね。
それでも納得できない場合は『法テラス』などに相談、
という手段もあります。

そこまでということでなく、とにかく無念で無念で。。
と言うお気持ちは理解できる気が致します。
私も父が亡くなった時は、
『なんであんなに太った男が生きているんだ。』
と歩いている他人を見る目が違っていました。
事実を昇華できるまでに5年かかりました。。

悲しい時には涙をこらえずにいっぱい泣いてください。
悲しくて当然なんですから。
無理に明るくすることもありません。

音楽などを聞くのもいいかもしれませんね。
アルビニーニョのアダージョなどがお勧めです。
静かな曲にこころがなごみます。

そして、すこしずつ、
日にち薬が夫婦ともかっぱさんに効いてきます。

大丈夫です。
たくさんのかっぱ達が応援してますから!
(〃^ー^〃)

2011/11/04(金) 23:57:30 | URL | [ 編集]

shiki

『お疲れが出ませんように』

私の母も3ヶ月ほど入院したのち、今年2月に亡くなりました。
最後の方はかなり弱ってしまい、自分では覚悟は出来ていたつもりでしたが、いざその時が来ると全く事実を受け入れられませんでした。
母の遺言でお葬式も四十九日もなかったので、よけいに区切りが付けられず、色々やる気が起きてくるまで、ひと月ほどかかったでしょうか。
旦那さんや友人や職場の同僚や上司など、周りの人が「無理しないでゆっくりしたらいいから」と言ってくれて、すごく助かりました。
かっぱさんも無理しないで、お母さまのことをゆっくり想ってください。
お母さまの楽しい思い出が心を癒してくれますように。

2011/11/05(土) 00:09:28 | URL | [ 編集]

ワンとも

『No title』

遅ればせながら、お悔やみ申し上げます。
ワンともの父親も去年の10月に亡くなって、つい一ヶ月前に一周忌を済ませたばかりだったので、なんだか去年の自分と重なってしまいました。
ウチは癌でしたが告知から5ヶ月後に亡くなりました。
医者から言われた余命より早かったせいか、今でも亡くなった実感がなくて…。
でも今思うと、カッパさんと同じように妙な予感というか予兆を感じたりしましたし、今でも医者へ対する不信感はあります。
ワンともの父親は膵臓癌でしたが最初に胆管が詰まって開腹したんです。
その時に細胞診をしていてくれたら手遅れにならなかったんじゃないかと思うんですよね。
「癌じゃない」診断から半年後の「末期がん」告知は天国から地獄で可哀想でした。
それに施設や設備、医者の技量など地方の医療格差を痛烈に感じましたけど、やっぱり最終的には医者の姿勢に納得できるかできないかだと思いました。
これは地方も都会も関係なく、ただ運とか巡り合わせなのかもしれませんけど。

暫くは忙しいでしょうけど、季節の変わり目ですから体調には気を付けてくださいね。

2011/11/05(土) 11:46:23 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『須藤京一さま』

何による肺炎か、特別な菌は出なかったそうです。抗がん剤を使用して免疫力が極端になくなっているか、免疫不全の人ならかかるでしょうが、そのどちらでもないのに・・・と医者も不思議がっていました。
母も高齢とはいえ70代、まだ死ぬとは思いませんでした。同室の86歳の人が母と同じ手術をして、元気に退院していきました。本当はああなるはずだったのにと、うらやましかったです。
医者にも何度も話を聞きましたが、納得できない点はあります。訴えなくていいのかという方もいますが、私は素人だし治療の不備の証拠もありません。(一度、点滴を間違えたといって取り替えてたことがあってぎょっとしましたが、「大丈夫ですか?」と聞いたら「大丈夫」と自信をもって答えていましたi-232) 高齢者は最終的には肺炎で死ぬケースが多いのもわかってはいましたが、実際に亡くなるとは最後まで思いたくありませんでした。
音楽もいいですね。昔からの母との約束でしたので、ベートーベンの葬送を告別式で流しました。今は悲しすぎて聞けないので、せっせとカッチリしたバッハを弾いています。♪を追うのに没頭するので他のことを考えずに済みます。おすすめのアダージョ、CDは持っていないので適当にキーボードで弾いてみますかね。
明日は日曜日。今日は実家の父の世話で一日仕事だったので、明日は気分転換に何かおいしいものでも食べにかっぱ♂とかっぱの子どもと出かけようかな~。
須藤さん、アドバイスありがとうございました。

2011/11/05(土) 19:16:07 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『shikiさま』

shikiさんのお母様のステキなご遺品は、活用されていますか?かっぱ♀は先日実家に行ったときに寒かったので、母の上衣を一枚着て帰ってきました。今日は入院中の荷物を持って帰ってきて捨て、着ていたブラウスはあらってみました。実家の父がしっかりしていないので、これからしばらくは毎週行って洗濯と遺品の整理かな。
病気がちだった姑のときは、事前に仏教の葬式じゃなく(花を供えない宗派だったので)花に送られたいという希望を聞いていたので、お花の祭壇にしてお寺も呼びませんでした。母の時は、何も聞いていなかったので祖母の時と同じお寺さんを呼び、戒名も普通につけ、49日もすることになっています。納骨、会食など、どうするものなのかわからず、思案中です。父ができない分、手続きもいろいろありますが、急ぎのもの以外はゆっくりやってゆくつもりです。

2011/11/05(土) 20:26:48 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『ワンともさま』

お父様のご病気は膵臓だったんですね。一番見つかりにくい場所で、見つかった時にはもう遅いということも多いそうです。一転、がんと宣告された時は「どうして?!」と理不尽に思われたことでしょう。
かっぱ♂の父親も膵臓がんで、直前の健康診断でも見つからず、痛いのはかつての交通事故の痕だと思っていたようです。膵臓がんの強烈な痛みに加え、更に院内感染で、苦しんでなくなりました。
医学も進んで高度に均質化しているのだろうから、医者や病院によるとは思いたくありませんが、やっぱり運が悪いということも・・・。今回は、骨折をぎっくり腰として片付けた医者がそもそもの悪運の発端だった気がします。骨折しているのに、母はひと月も我慢してしまったので、痛みのために体力も落ちてしまったんではないかと。
誰もが経験しなければならない悲しみですから、私もしっかりしないといけませんね。

2011/11/05(土) 21:04:26 | URL | [ 編集]

バンちゃん

『No title』

お母様のご冥福をお祈り申し上げます
多くの方に愛用されている袋物の数以上に、お母様は多くの方の心に残って、いつまでも愛されている事でしょうね

2011/11/06(日) 12:52:43 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『バンちゃんさま』

母が頂いた古い年賀状を見ていたら、「ジッパーつきの袋を見るとあなたを思い出します」と書いてあるものが見つかりました。かつての同級生のようですが、その方がまだご健在で母の袋を重宝に使ってくれていたらうれしいです。

2011/11/06(日) 21:45:04 | URL | [ 編集]

カッパーマン

『No title』

しばらくネットを見られなかったのですが、昨日、記事を読みました。
お悔やみ申し上げますと共に、お母様のご冥福をお祈りします。

それぞれの人の使い勝手に合わせて手づくりされた、まさにオーダーメイドの袋物、
きっと皆さん、重宝して大切に使われていることと思います。
私も自転車の前カゴの底面積に合わせた四角い袋など作ったのですが、
そうやって都合に合わせた袋は、本当に使いやすくて、助かります。
お母様の袋物を使ってらっしゃる、沢山の人たちの満足な顔が浮かぶようです。

肌寒くなってきました、どうぞ、お身体大切に、お過ごし下さい。

かっぱたちを、邪魔!と、ソファからたたき落とす、元気な母を、大切にしたいと思います。

2011/11/09(水) 20:56:03 | URL | [ 編集]

夫婦ともかっぱ

『カッパーマンさま』

かっぱたちを、邪魔!と、ソファからたたき落とす?  ああ、お母様、それだけはご勘弁を!
といいたいところですが、うちの母も、里帰りの度につれてゆくかっぱ達を見て、いい年した夫婦が・・・とあきれがお。どーせ、またなんか連れてきたんでしょ?と言われ、あなたの孫なんだけどな・・・と思ったものでした。
実家の整理にいきつつ、残っていた袋物を回収しています。本当にたくさん作ったこと。そういえば、母は、「馬鹿に鼻をかめと言ったら鼻血が出るほどかむ」・・・というはなしから、あまりにもたくさん作った自分の袋のことを「鼻血袋」と自虐的に呼んでいました。i-229

2011/11/09(水) 22:03:08 | URL | [ 編集]

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