私を離さないで

「私を離さないで」という題名が直接感情に訴えかけてきたのか、手に取ったら買わずにいられなくなった。文庫本の帯には映画化されたことが書いてあるが、カズオ・イシグロの小説であるからには、感傷的な恋愛小説の様なタイトルとうらはらに、かなりクールなものの予感。そして、読後、この本は、あまり読書をしない私にとって、ここ数十年で一番衝撃をうけた小説になってしまった。

静かな世界で突然起こる小爆発の様な出来事に、不協和音に似た落ち着かなさを感じながら読み進むと、おぼろげながらわかってくる特殊な世界・・・。「私を離さないで」というのは小説の中に出てくる歌の曲名であるのだが、曲に合わせ赤ちゃんに見立てた枕を抱いて踊る少女、それをみて涙する婦人が、小説の奇妙な世界を解いてゆく伏線になっている。登場人物の奇異なせりふや行動で、種明かしは徐々になされるが、もし、まだ読んでおらず偶然このページにたどり着いてしまった人がいたとして、ネタばれが嫌かもしれないので一部白字にしておく。

人間に臓器提供するために作られたクローンの子ども、それを成人するまで育てる学校のような施設、この制度を支える組織、そして臓器提供の後死んでゆくクローン、そんなクローンの介護をおこなう役目を持たされるクローン・・・・。同じ施設で育てられながら臓器の提供者となるか看護に回るか一旦道は分かれるが、いずれにせよ最後は提供者となり死んでゆく。何も知らずに生まれ、普通に人の感情を持ちながら成長するが、やがて自分が人間のために育てられた産物だと知る。恋愛はできても、クローンなので子どもはできない。そして、何度かの臓器提供をこなし、用が済んだら死んでゆくという運命を受け入れなければならないのだ。

食肉のため育てられる動物たちにも感情や痛みがある。私もそれを知りながら、バクバク肉食しているのだが、この動物たちを人間のクローンに置き換えられたらどうなのだろう。医療・科学の進歩は、過度に進むと、神の領域に入る宗教上の冒涜行為ではないのか。そもそも科学と宗教は対立を繰り返した歴史を持つ両立しがたいものではないのか。この小説がショッキングだったのは、クローンの問題を扱っているからなのだが、考え始めると小説の感想から飛び出してしまうのでこのへんにしておこう。


イシグロの作品は、このほかにはブッカー賞をとった「日の名残り」しか読んだことはない。英国貴族のお屋敷に仕える年老いた執事の誇りと、変化する時代に昔を懐かむセンチメンタリズムを淡々と描いている。

どちらの小説も、抗うことをせず、従容と滅びの時を待つ人の諦観の中に、自分の使命を達成するというほのかな明るさが見える。だが、その光は、黎明の明りなのか落日の日の名残りなのか判然としないのだ。

2014/07/16(水) | 本の周辺 | トラックバック(0) | コメント(0)

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